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ワンポイントゼミ デデキント切断 [数学基礎]

ワンポイントゼミ デデキント切断

 

数の集合SABの2組に分け、A組のすべての数もB組のすべての数より小さくすることができるときとき、この組み分け(A,B)をデデキント切断という。

 

 

そして、このデデキント切断による実数Rの連続性の公理。

 

実数の連続性の公理

Rの切断(A,B)を作るとき、Aの最大数かBの最小数かのいずれか一方だけが存在する。

 

デデキント切断には次の4つの分割の仕方が考えられる。

 

(1) A組に最大数が存在し、B組にも最小数が存在する

(2) A組に最大数が存在し、B組に最小数が存在しない

(3) A組に最大数が存在せず、B組に最小数が存在する

(4) A組に最大数が存在せず、B組にも最小数が存在しない

 

整数全体の集合Zは(1)の分割のタイプ。

仮に、x=nnは整数)で整数全体の集合Zを切断するとする。

x=nA組に属している場合

  

となり、A組の最大数nであり、B組の最小数はn+1になる。

x=nB組に属している場合

  

となり、A組の最大数はn−1であり、B組の最小数はnになる。

いずれの場合も、A組に最大数、B組に最小数が存在する。

 

また、x=1/2と有理数の点でZを切断すれば、

  

となり、A組には最大値0、B組には最小値1が存在する。

 

有理数全体の集合Qに関しては、(1)以外のいずれか一方の分割のタイプになる (補足)。

  

(4)には一見最大数が存在しそうですが、√2は無理数でQの要素ではないので、(4)は次のように書き換えることができる

  

だから、A組に最大値は存在しない。

x=√2の近くには無数の有理数が存在する(有理数の稠密性)けれど、この場合、Aには最大数、Bには最小数は存在しない。

 

そして、実数全体の集合Rについては(2)、(3)のいずれか一方のタイプのデデキント切断しかない。

(4)の型のデデキント切断が存在しないというところが実数と有理数の決定的な違い。

 

(補足)

有理数全体の集合Q、実数全体の集合Rは、(1)のタイプのデデキント切断はあり得ない。

もし、Q(またはR)の切断で生じた、A組に最大数αB組に最小数βがともに存在すると、α<βだから、

  

一方で

  

だから、A組かB組のいずれかに属すはずであるが、属していない。これは(A,B)が切断であることに反する。

よって、有理数全体の集合Q、実数全体の集合Rに(1)のタイプの切断はあり得ない。

 

デデキント切断の例

正午、つまり、12:00ジャストは、午前に属するのか、午後に属するのか?

1日を午前と午後とに分けて

(午前、午後)

と(デデキント)切断を作ると、正午は午前(A組)の最大数になるか、正午は午後(B組)の最小数になるかのいずれか。

時間は、一般的に、実数と同様に連続的なものと考えられているから、正午は午前に属するか、午後に属するかのいずれか一方としか答えられない。

しかし、これは、「正午は午前か、午後のどちらか一方にすればいいんですよ。あなたのお好きな方を選んでくださいな」という話なのであった(^^)


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考えるネムネコ4かな 続・ヒドイ解答 [数学基礎]

続・ヒドイ解答

 

ddt³さんから次の問題を頂いた。

 

問題1 2yxy0   (1)

で、xが任意の実数を動く時のyの範囲を求めよ.

 

http://nekodamashi-math.blog.so-net.ne.jp/2018-03-13

 

ということで、問題1を掘り下げてすこし考えてみた。

 

問題2 実数の定数aを含む次の2次方程式がある。

  x²+2ax+a=0   (3)

この方程式が実数解を持つ条件を求めよ。

 

問題2の場合は、aは実定数で動かないから、判別式を使って

  D/4=a²−a=a(a−1)≧0

だから、

  a≦0またはa≧1

と解くのはもっともなこと。

 

しかし、問題2の場合、aは実定数で固定されているけれど、問題1の場合、yxの値に応じて動きますからね〜。

それに、

  x²2yxy0   (1)

は、xの2次方程式じゃなく、xyの2次方程式だし(^^

 

horisage-graph-001.png(1)をxの2次方程式として解くためには、y=aaは実定数)とyの値をaにひとまず固定し(補足)、

  x²+2ax+a=0   (3)

と直してから、(3)が実数解を持つのは、

  D/4=a²−a=a(a−1)≧0

  ∴ a≦0またはa≧1  (4)

と解くのが筋ですわね〜。

そして、{a∈R|a≦0またはa≧1}の任意のaに対して方程式(3)は実数解を持つし、y=aだから、

  x²2yxy0   (1)

が実数解xを持つ条件は

  y≦0またはy≧1  (4’)

なんじゃねぇ〜。

 

(補足)

y=aで固定すると、(1)はx²+2ax+a=0xの2次方程式になり、この方程式を満足する実数解x₁x₂(重解のときはx₁=x₂)があれば、求めることができる。右図参照。

 

y=aで固定する」ではなく、「yを固定し、(1)をxの2次方程式と考えると・・・」でもいいですが・・・。

yをひとまず固定し考える」という、この、わずかばかりの文言の使用を惜しむから、何をやっているかわからない解答になるんだケロよ!!

 

このように2次方程式の判別式を使って解くのであれば、いいと思いますけれど、

パブロフのイヌのように条件反射的に2次方程式の判別式を使って解くのは、いただけませんね〜。

(何より、参考書などの解法に忠実な)イヌだから、少し突っ込まれると、すぐにシドロモドロになり、わけのわからないことを口走ったりする。それで終わればまだ可愛いけれど、「こんなこともわからないのか!」、「理屈じゃない、この問題はこうやって解くんだ」と逆ギレまでする始末。救いようがないケロ(^^ゞ

 


さらに、もう一曲!!



ちなみに、曲線の正体は双曲線。

 

単に、この問題を解くだけならば、

  

y=0のとき、(1)はx²=0だから、x=0

y=1のとき、(1)はx²+2x+1=(x+1)²=0だからx=−1

などと解くことだってできだろう。

 ――この問題に関しては、2次方程式の判別式なんてそもそも不要!!――

 

しかし、これじゃ〜、(曲線の)方程式x²+2xy+y=0の具体的なイメージがつかめないから、ダメだと思うにゃ。

だから、ここは泥臭く、(1)をxについて、

  

と解くのが一番だね。

(高校の数学教師ならば、「yを1や2と同じ数だと思って、xについて解いてご覧」と言うべき)

そうすれば、根号内≧0の条件から

  

がすぐに出てくる。

(高校の数学教師ならば、「根号内が負になると、xは実数でなくなるよね。だから・・・」と言うべき。そうすれば、質問にきた生徒さんは、「あ〜、なるほど」と納得するに違いない。さらに、「根号内って、判別式と関係があるんじゃなかった?」と言えば、申し分なし。生徒自身にこうしたことを気づかせ、発見させるように、丁寧に、やさしく導くべきだケロ!!)

しかも、具体的なyの値を入れて計算することによって、xyとともに変わるということだってわかる。

 ――yについて解く場合については、ddt³さんが書いてあるので、そちらを見るにゃ(^^)――

 


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問題(3月4日)の解答例 [数学基礎]

問題(3月4日)の解答例

 

問題1 uvを実数とし、x=u+vy=uvu²+uv+v²≦1の3つの式を同時に満たす点(x,y)を図示せよ。

iyana-mondai-001.png【解答】

  

uvは実数で、方程式t²−xt+y=0の解であるから(註)、

  

よって、①と②を同時に満たすのは右図の通り。

(解答終)

 

(註)

uvを解に持つ2次方程式は、解と係数の関係より、

  

受験数学のテクニック!!

uvの対称性、2次方程式の解と係数の関係、そして、判別式をうまく使えますかという問題でした。

 

この問題は、私の記憶に間違いがなければ、あの大学の問題なので、このあとに、求めた領域の面積を求めよという問題も付いていたのではないか(^^

 

 

問題2 写像f(x,y)→(x+y,xy)によって、円のx²+y²=1内部はどこに写されるか。

【解】

iyana-mondai-002.pngu=x+yv=xyとおくと、xとyは実数だから、xとyを解とする2次方程式t²−ut+v=0は次の条件を満たさないといけない。

  

また

  

よって、①と②を同時に満たす領域は右図の通り。

(解答終)

 

あの大学が新しい問題を作り、大学入試の数学の問題として出題すると、すぐに真似をする大学が次々と出てくるようだにゃ。

問題の難易度は下がるけどさ。

 ――問題1にはuvという項がついたけれど、問題2ではこれに相当する項が落ちていて、楕円から単位円に変わっている!!――

どうやら、数学の大学入試のトレンドは、あの大学が作るらしい(笑)。

伝え聞くところによると、その影響力は、難関私立の中学入試にまで及ぶとか。(小学の算数の範囲で解けるように問題を変える)

 

そして、受験生は、なぜ、こうなるのか分からぬまま、 「こういう問題はこういう風に解くものだ」と、ひたすら、その解法を憶えることに専念し、その修練に励むのであった。

 



ではあるが、
どうせお前らこんな解答(上の解答のような解答)が好きなんだろう?


だが、しかし、

xyは実数だから、x−yも実数。

したがって、x−yの2乗は0以上!!

  

 




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冪(べき)集合って何だ? [数学基礎]

冪(べき)集合って何だ?

 

最近、ネムネコはよく「冪(べき)集合」という数学用語をよく使用している。

理工系の学生で、集合論や位相(トポロジー)を習ったヒトは、冪集合という言葉、そして、その意味を知っていると思うけれど、集合論なんて「我々の研究分野では集合論なんてまったく使わない。そんな机上の空論を教える時間余裕があるのならば、もっと役に立つ、研究に使える、実用的な数学を教えろ」との学生、数学科を除く理工系の先生たちの熱い要望を受け、集合論をまったく教えない大学も多数あるので、理工系の学生、理工系の学部を卒業したヒトの中でも冪集合という言葉を初めて聞いたヒトも少なくないのではないかと思う。

 

たしかに、(多変数の)微分積分、複素関数の微分積分、線形代数、ベクトル解析、微分方程式(の解き方)、そして、数値計算という枠内で考えるならば、数学の集合論なんて不要だ。

 

実数全体の集合の要素の個数(アレフと読む)は、有理数全体の集合要素の要素の数よりずっと多い。

   

こんなことは我々の知ったことじゃない。

我々は∞(無限大)だけあれば十分だ。

 

もっともな主張である。物理や工学の圧倒的大多数の分野で⑨の公式なんて使うことはない。

実数全体の集合の要素の個数と有理数全体の集合の要素の個数は等しく∞個であるとしても、実際、困ることはほとんどないと言っていいだろう。

だって、カントールが無限集合なんて唱える以前は、誰もが、無限は一種類であるとが信じ疑わなかった――無限はキリスト教の神を象徴するものであり、唯一でなければならない――。様々な学問がこの考えに従って展開された。限りなく0に近い微小、無限大を扱う微分積分にしたって同様。そして、これで誰も困らなかったのだ。

 

それはそれとしまして、冪集合なるものをやる前に、集合のおさらい。

いま、かりに、ABという2つの集合があるとする。

集合Bのすべての要素bが集合Aの要素であるとき、

すなわち、

  

であるとき、BA部分集合であるといい、記号、

  

で表す。

  

である。

(2)式は、集合の相等の定義と考えてもいい。

 

ところで、

a∈A⇒a∈Aは成り立つので、AAの部分集合。

したがって、

  

変な話に思えるだろうけれど、部分集合の定義から(3)になる(^^

 

そして、ここ謎にして不可思議な空集合∅というものが登場する。

空集合∅とは、要素をもたない集合のことで、

  

のことだ。

書きよう、表しようがないから(4)でお茶を濁す。

そして、Aが集合であるとき

  

と定義する。

(5)は定義、約束、取り決めだから、「何でこうなるのだ」と疑問に思ってはいけない。

まして、(5)が成立することの証明をネムネコに求めてはいけない。

 

さてさて、本題の冪集合である。

Aを集合とする。

そして、かりに、

  

とすると、Aの部分集合は

  

の8種類。

また、Aを有限集合(要素・元の個数が有限個である集合)、Aの要素の数をn個とすると、Aの部分集合の数は個である。

A={1,,3}、つまり、Aの集合の個数が3個のとき、Aの部分集合の数は2³=8個になっているだろう。

{1,,3}の中から0個要素を取り出す組み合わせの数は₃C₀=1通り、1個取り出す組み合わせの数は₃C₁=3通り、2個取り出す組み合わせの数は₃C₂=3通り、3個取り出す組み合わせの数は₃C₃=1通りだから、計8個。

  

同様に、集合Aの要素の数がn個の場合は、

  

である。

また、これは、集合

  

から

  

への写像の個数と考えることができる。

集合Aの各々の要素に0か1の2通りの場合があるので、写像の個数は

  

となる(補足)。

 

さてさて、本題の、冪集合。

Aを集合とする。Aの部分集合をすべて要素に持つ集合をA冪集合(Power Setといい、記号で表す。

Aの冪集合を表すという記号はどこから出てきたかというと、Aの集合の要素・元の数がn個であるとき、部分集合の数は個だったでしょう。そこからきているんだケロよ。

 

 

A={1, 2, 3}のときは、

  

となる。

 

「一々、{}を書くのは面倒だから省略しちゃえ」なんてことはしてはいけないケロよ。

そんなことをすると、集合の意味が変わってしまうから。

 

そして、

1∈Aだから、

  

や、

  

なんてことはしてはいけない。

Aの要素・元であって、Aの部分集合ではないからだ。

こんなことをすると、ネムネコから⑨未満と呼ばれるので要注意。

ただしくは、

  

だにゃ。

十分に気をつける。

 

なお、

もし、自然数全体の集合Nの冪集合の要素をすべて数え上げることができたなら、これが実数全体の集合の要素の個数と同じであることを確かめることができるはずである。

 ――どうやって、自然数全体の集合Nの冪集合の要素の数を数えるかという数学的な問題はある。仕方がないので、自然数の冪集合の要素と実数全体の集合の要素と1対1に対応させ、どちらも過不足なくすべてを1対1に対応させることができたら、同数と見なすしかないんだろうね〜――

そして、このことから、自然数、整数、有理数の個数よりも実数の個数の方がはるかに多いことを直接体感することができる(^^)

 

だって、

集合Aの冪集合の要素(Aの部分集合)の個数はAの個数よりも必ず大きい。(カントールの定理)

 

Aが有限集合で、Aの要素の個数がnのとき、Aの冪集合の要素の個数は個だから、かならず、集合Aよりその冪集合の要素の個数のほうが多い。

Aが無限集合のとき、これはそのまま適用できないけれど、無限集合のときも、

集合Aの冪集合の要素(Aの部分集合)の個数はAの個数より多い

が成り立つと考えることはごくごく自然なことだろう。

 

カントールの定理については、ddt³さんがなにか記事を投稿してくれると思うにゃ。

きっと、カントールの対角線論法についても話してくれると思うにゃ。みんな、楽しみにして待つにゃ。(^^

 

 

(補足)

写像の方は、読んでも、何が書かれているかわからないという確信があるので、少しだけ説明。

A={1,2,3}B={0,1}とし、AからBへの写像をf:A→Bとする。

そして、

 

となったとする。

このとき、f(1)=f(2)=0になった、a=12は除き、f(3)=1になったa=3をもとに集合{3}を作れば、これはAの部分集合になる。

つまり、AからBへの、ある写像fに対して

という集合をつくる。

このような操作をAからBへの写像fのすべてに施せば、次のようになる。

  

この対応関係を見れば、この写像fAの部分集合が1対1に対応していることがわかる。

f(1)f(2)f(3)には、それぞれ0か1の2通りの場合があるので、(f(1),f(2),f(3))の(写像fの)個数は2××=³個であり、これに1対1対応しているAの部分集合の個数も8個になる。

この説明でお分かりいただけましたでしょうか。

 

 


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ラッセルのパラドックス、そして、・・・ [数学基礎]

ラッセルのパラドックス、そして、・・・

 

第1回 ラッセルのパラドックス その1

 

 ラッセルのパラドクス関連をやるんですかぁ~?。ラッセルのパラドクスからベリーのパラドックスへ厳密にいたろうとすると、とても長ぁ~い長ぁ~い話になりそうで。だからサワリのみという事で・・・(^^;)

 

 以下は「ネムネコ幻想郷」の方でプロゲラさんと話してた時に言った事と、だいぶ重複します。

 

 事の起こりは、カントールの無限集合論でした。カントールさんは現在においても必要な不可欠な、無限に関する定理を「幾つも」導いたのですが、その無限集合論の基礎は「素朴集合論」でした。

 

 「人間が思考によって弁別しうる全ての事柄は、思考の中では集める事が出来て、その集まりを集合(Set)と言う」が、「素朴集合論」の定義です。いかにも現代っぽくない「緩さ」がそこにはあります。

 カントールさんはそのユル~イ路線のもとに、有用でもあり驚異でもあったたくさんの結果を得ます。しかしほどなく、「素朴集合論」に色々とまずい点が発見されます。

 

 それでも集合論は役に立つ!と認めていた人達は、あんまり無茶な事をしなければ大丈夫だという感触でもって、「素朴集合論」を支持し続けました。例えば「全ての集合の集合」のような超巨大なぶっ飛んだ集合を考えない限り、「素朴集合論」でも安全だと。

 

 その代表が、普通の数学的作業で絶対に使用する「自分自身を要素として持たない集合」です。例えば自然数全体の集合Nに、N自身は要素として属しません。Nは自然数全体の集まりであって、自然数ではないからです。「自分自身を要素として持つ集合」は常識的に考えてやり過ぎだから、そういう真似さえしなければ安全なはずだと。「素朴集合論」においても最初からカントールは、こういう事を非常に注意深く区別していました。だから、

 

 「人間が思考によって弁別しうる全ての事柄は、思考の中では集める事が出来て、その集まりを集合(Set)と言う」

 

という定義で十分だと考えていたと思われます。無限集合論の信奉者達は、考える集合を「自分自身を要素として持たない集合」あたりにとどめておけば、安全圏に逃げ込める!と考えた訳です。

 

 ところが論理の鬼であるラッセルは「それでも駄目だ!」と証明します。以下がラッセルのパラドックスです。

 

 Aを、自分自身を要素として持たない集合の集合とする。Aは自分Aに属するのであろうか?、属さないのか?。

 このようなAは「ぶっ飛んだ集合ではないのか?」という意見はきっとあると思うんです。でも集合は、このように使うべきものなのです。

 

 なぜ集合を使うのかといえば、ある条件を満たす全てのものを一括して扱いたいからです。

 だとすれば、通常の数学的作業で普通に使用する「「自分自身を要素として持たない集合」の集合」くらい一括して扱えないと、その有用性には、非常な疑問符が付くからです。

 

 ラッセルは疑問符を決定打にします。

 

 「A∈Aである」とする。Aは自分自身を要素として持たない集合の集合だから、「A∈Aではない」。

 では「A∈Aではない」としよう。Aは自分自身を要素として持たない集合の集合だから、「A∈Aである」。

 

 これがラッセルのパラドックスです。

 

 長くなったので、とりあえずここで終わります。

 

(執筆:ddt³さん)

 

 

 

第2回 ラッセルのパラドックス その2

 

 で、ラッセルのパラドックスを導いてしまう「自分自身を要素として持たない集合の集合A」の定義のどこが不味いんでしょう?。

 

 集合の定義の仕方には二通りあります。一つは「これこれの条件を満たすもの全て」というやり方です。これを集合の内包的定義と言います。

 もう一つは{abcd,・・・}などと、とにかく要素を並べて見せてみて、これらabcd,・・・に共通の性質が集合{abcd,・・・}の定義だ!というやり方です。これを集合の外延的定義と言います。

 集合論の(暗黙の)大前提は、内包的定義の結果と外延的定義の結果は一致する、です。

 

 上記を「自分自身を要素として持たない集合の集合A」に適用してみます。内包的定義条件から、

 

A{空集合,{0}{01},・・・,NQRC,・・・}

 

となる訳です。ここでNは自然数全体,Qは有理数全体,Rは実数全体,Cは複素数全体など,・・・です。

 「・・・」をどこまでも実行し続けその作業が終わったら(数学では終われる事になってます(^^;))、その中には{金星}とか{木星}とかもあるんですけれど(とにかく数学では出来る事になってます(^^;))、その全体は一個の「集合A」の外延的定義です。

 

 こうやって並べて見せた全ての要素に共通の性質は、「自分自身を要素として持たない「集合の」集合A」という内包的定義に一致するはずだぁ~!、と思いたいたくなります。

 

 でも駄目なんです。何故なら「Aも集合だから」ですよ!。Aも集合だから、「A自身も自分自身に属するか属さないかの内包的定義テスト」を受ける必要に迫られます。その結果がラッセルのパラドックスです。

 

 「自分自身を要素として持たない集合の集合」のような定義が問題なのは、これによって定義された対象自体を、定義テストに差し戻さなければならない「定義」になってるからです。それが「集合の集合」の部分です。このような関係を自己言及パラドックスとか、自己参照定義と言います。こういうのがあると、必ず絶対矛盾します。

 そして人間が無限を扱おうとする限り、こういう内包的定義をせざる得ないのです。人間は有限の物事しか扱えないので、他に途はないのです(^^;)。ですがでも・・・。

 

 自己参照定義パラドックスとは、

 

  ・全能の神は、矛盾する盾と矛を作れる.

 

レベル程度の話ですよね(^^)

 

 そういう訳で「集合の集合」を用いる議論の全部が駄目だとは思わないで下さいね。

 集合の集合なんか同値関係なんかで普通に使いますからね。そういう考えは数学の日常業務において、絶対に必要なものであり、現実的に考えて「全く矛盾するものではありません」。

 

 そういう訳で現代的集合論の開発者達は、

 

  ・自分自身を要素として持たない集合の「集まり」.

 

は、「集合でない!」と決めたのです!。

 これによってラッセルのパラドックスは回避されました。要するに「自分自身を要素として持たない集合の集合」は、ぶっ飛び過ぎの集合だとやっと認めたんです。

 

 彼らを責めないで下さい。こういう事は「やってみなけりゃ~、わからない」んですよ(^^)

 

 この決定は、論理の完全性を求めるラッセルにとっては非常に不本意な結果だったとは思いますが、現実主義的な職業数学者達にとっては当たり前の話でした。

 

 信じられないかも知れませんが、数学の先生達ってけっこう、数理的なリアリストなのです(^^;)

 

(執筆:ddt³さん)

 

 

 

第3回 ペリーのパラドックス、そして、・・・

 

 自己参照定義の不味い点は、内包的定義によって定義した外延を、内包定義テストに差し戻さなきゃならない「定義」になってる点です。差し戻した結果、集合論の大前提である内包と外延の一致の破綻が発覚します。

 ところが無限集合において、内包と外延の不一致はよく起こります。でも有限集合ではたぶん起こりません。

 例えば世界中から赤いものを集めてきて、それを「赤の定義」にする事は可能と思われますが(赤集合とする)、その外延はどう頑張っても有限個です。
 赤集合のどの要素を取り出しても赤いはずです(内包テスト)。また外延を遠くから眺め渡せば、全体として「真っ赤」なはずです(^^)。つまり外延も内包テストをパスします。

 しかし自然数の集合Nはどうでしょう?。自然数全体とは任意「有限」の集まりです。よってNのどの要素を取り出しても有限です。一方、外延としてのNは可算無限個の濃度を持ちます。つまり外延を遠くから眺め渡すと、無限である事がわかります。しかしNの内包的定義N{n|nはペアノ公理系で生成されるもの}は、外延としてのNの差し戻しを要求しません。外延としてのNは、ペアノ公理系で生成されたものではないからです。このように通常の無限集合論は、非常に危ない橋を渡ってます(^^;)

 さてベリーのパラドックスです。リシャールのパラドックスは、ベリーさんのをもっと複雑な数学的状況で考えたものと思われます。Wikiにはこうあります。

 「19文字以内で記述できない最小の自然数」を考えよ。

 どんな言語を使ってもいいのですが、一つの言語で使用する文字数は絶対に有限個です。それをnとします。そうすると先の文言から、

 「19文字以内で記述できる最大の自然数」の定義

を考えると、最大でn¹⁹通りの定義が生まれる事になります(註)。

 それぞれの定義による最大の自然数が全部違ったとしても、n¹⁹は有限です。
 よってそれぞれの最大の自然数を集めた集合も有限集合なので、必ず最大元mがあります。「19文字以内で記述できない最小の自然数」は、m1を取ればOKなので、「19文字以内で・・・」を満たす自然数は必ず存在します。

 しかし「19文字以内で記述できない最小の自然数」という文章を、m1の「内包的定義」とみなせば(みなせる!)、「19文字以内で・・・」は「」を除けば19文字なので、m119文字以内で記述できた事になります(^^;)。これはネコ先生のパラドックと似た状況です。そしてもっと巧妙に仕組まれています。

 でもベリーのパラドックスは、定義した外延{m1}を内包定義テストに差し戻すように、「自己参照定義を意識的に作りだした」と思えませんか?。普通はこんな事、絶対にしません。普通は記号と記号の内容を区別するからです。しかし全能であるはずの数学は、こういった状況にも対処できなければならないと、昔の人達は考えました。

 「19文字以内で・・・」をm1の「内包的定義」とみなせるのは、行間読み(誤解の余地)が可能だからです。行間を潰せばいいんです。それがヒルベルトの形式主義だと思います。

 数学は、厳密に運用を規定されたごく少数の記号と文字のみによって書く。任意の文字を任意に導入できるようにはするが、導入した文字列や記号列は、厳密に規定された運用規則に則って運用しなければならない。

 そうやって出来上がった「記号の羅列」が数学的文章である。要するに数学とは、記号の運用規則が全てなのだ。

 あなたに数学的能力が十分にあれば、その「記号の羅列」を通常の数学の記述と同じように読み解けるだろう。従って原理的に既存の数学的資産は、全て保存される。

 その「記号の羅列」を、ベリーのパラドックスのように誤解して読む事も可能だ。しかしそんな事は我々の知った事ではない。
 通常の数学の記述として読める厳密な運用規則に従った記号列の列が、厳然として存在するのだから、その存在でもって数学的証明の確実性は保証される。
 もし誤解して読んだなら、我々は「あなたは解釈を間違った」と言うだけだ。数学的事実は、記号列という物理的実体によって保証されている。その存在は解釈とは無関係だ。

 ・・・だと思うんですけどね(^^;)

 この立場も、論理の絶対性を信じたラッセルにとっては非常に不本意な状況だとは思うのですが、とにかく実用的には役に立つし、問題ないので、こうして公理主義的集合論が始まります。

 ・我々はついに、誤解から解放されたのだ!(^^)

という訳です。

 

(執筆:ddt³さん)

 

(註)

使用する文字が{0,1}の2種類、文字数は4文字以内、つまり、3文字以下の場合について考える。

1文字の場合:<0>,<1>  2通り

2文字の場合:<0,0>,<0,1>,<1,0>,<1,1>  2×2通り

3文字の場合:<0,0,0>,<0,0,1>,<0,1,0>,<0,1,1>,<1,0,0>,<1,0,1>,<1,1,0>,<1,1,1>  2×2×2=2³通り

だから、2+4+8=14通り。

これは、等比数列の和の公式を使って次のように計算することができる。

  


同様に考えると、

n種類の文字を19文字以内使用する場合、すなわち、使用できる文字数が18文字以下の場合、

n=1のときは18通り。

 


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考えるネムネコ2 [数学基礎]

ネムネコ、次の問題に思い悩み、悪戦苦闘する。

 

問題 abを正の整数とするとき、

2tc-001.pngの間にあることを示せ。

【解】

  

ゆえに、√2tc-001.pngの間にある。

(解答終)

 

この問題を解くことは簡単だ。

そんなことで思い悩んだのではない。

この式がどこから出てきたのかがわからなかったのだ。

悔しい。何としても、この式の秘密を解き明かしたいということで、考えてみた。

 

結論からそのアイデア、発想をたどるという逆の作業はなかなか難しい。

だから、すぐには、わからなかった。

しかし、そこはそれ、

閃き(思いつきとハッタリ)のネムネコ。

「この式は数直線上の1と2をa:bで内分した点じゃないか」と天啓のごとく閃いた。(すぐに気づけよ、ボケ!!)

  

じゃあ、は何を表している?

これは、0と1をb:b−aに外分する点だ。

  

――1b/a倍したとは言わない。あえて外分という言葉を使い、強い、幾何的なこだわりをみせる(^^ゞ――

そして、2は何だ?

√2の根号の中身だ。

 

そこで、01b:b−aに外分する点(以降、外分点と呼ぶ)b/a12a:bに内分する点(以降、内分点と呼ぶ)tc-001.pngとの大小関係を調べるために差をとってみる。

  

このまま計算してもいいが、

  

とおくと、

  tc-002.png

ということで、

  

つまり、

  

b/a=√2のとき、

  

となり、外分点と内分点は一致するけれど、b/aは正の有理数、√2は無理数なので、これは等号で結べない(^^)

 

これで、もう解けたもののようだけれど、念には念を入れよう。

 

0と1の外分点tは、tが増加すれば、単調に増加する。

1と2の内分点は

  

だから、これは単調に減少する。

ということで、

  

となる。

 

どうやら、この式は図形的、幾何的着想から生まれたようだ・・・。

 

実は、図形的、幾何的な部分は、あとから生まれたもので、この部分はまったく不要。むしろ邪魔(^^

⑧以降のように解いたあと、分母の1という数字は何だ、どこからこの数字1は出てきたという暗中模索状態下で、「これはきっと幾何が絡んでいるに違いない」と考え、自分を納得させるために無理やりひねり出した理屈。

fukuhi-001.pngではあるが、A(0)B(√2)C(1)D(2)とすると、

  

このような点の配置になっている。

 

これは解答ではないケロよ。

ネムネコの暗中模索の格闘記だにゃ。

この点は、しっかりと留意して欲しい。

 

これにて一件落着と考えるのは、⑨未満だにゃ。

⑧は

  tc-002.png

だが、2m>0としたら、

  tc-003.png

だから、外分点と内分点が一致するのは、

  

上と同様の議論から、

  

という関係が得られる。

なお、ここでいう内分点とは1ma:bに内分する点

  

のことである。

とすると、

  

 

 

気付けば・・・


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分数方程式、無理方程式の解法 [数学基礎]

分数方程式、無理方程式の解法

 

意外に間違いやすいのが分数方程式、無理方程式を解くことということで、分数方程式、無理方程式を取り上げることにするにゃ。

 

§1 分数方程式の解法

 

例題1 次の分数方程式と解け。

  

【解】

  

分母の最小公倍数(x–1)(x+2)(x–2)を両辺に掛けると、

  

x=−2は①の(右辺の)分母を0にするので、x=−2は解として不適。

よって、x=3

(解答終)

 

上の例題1のx=−2のような解を無縁解という。

分数方程式①と、①に最小公倍数(x–1)(x+2)(x–2)を両辺に掛け分母を払った2次方程式②は同値ではないので注意が必要!!

だから、解の吟味を忘れずに。

 

 

問題1 次の分数方程式を解け。

  bu-siki-001.png

【解】

(1)

  

①の両辺に2(x+1)(x+2)を掛けると、

  

 

(2)

  

両辺に(x–5)(x–8 )を掛けると

  

 

(3) 式の形に注目し、

  

とおくと、

  bu-siki-002.png

u=1のとき、

  bu-siki-003.png

u=2のとき

  bu-siki-004.png

(解答終)

 

 

問題2 連立方程式

  

を解け。

【解】

対称性に注目し、u=x+yv=xyとおき、①を書き換えると、

  bu-siki-005.png

u=2,v=1のとき、

  

u=−1v=−1/2のとき

  bu-siki-006.png

(解答終)

 

 

§2 無理方程式の解法

 

例題2 次の無理方程式を解け。

  

【解】

  

両辺を平方すると、

  

さらに、両辺を平方すると、

  

x=2のとき

  

よって、x=2は解として不適(無縁解)。

x=7のとき

  

よって、解はx=7である。

(解答終)

 

問題3 次の方程式を解け。

  bu-siki-011.png

【解】

(1)

  

両辺を平方すると、

  

x=4のとき

  

x=15のとき

  

よって、x=4が解である。

 

(2)

  

両辺を平方すると、

  bu-siki-007.png

x=2のとき

  

x=3のとき

  

よって、解はx=23である。

 

(3)

  bu-siki-008.png

両辺を2乗すると、

   bu-siki-009.png

両辺を2乗すると

  bu-siki-010.png

x=47は解として不適なので、解はx=7

(解答終)

 


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問題の答(8月5日) [数学基礎]

問題の答(8月5日)


問題

(1) 閉区間[0,1]で定義される関数fg,hが、f(x)=x²g(x)=xh(x)=x³であるとき、

  

が成立することを確かめよ。


ku-siki-001.png

(2) ④を証明せよ。

  

 

ちなみに、

記号、

  

は、閉区間[a,b]における関数f(x)の最大値を表す。

 

【解】
(1) [0,1]で、

  

である。

したがって、[0,1]

  

8-05-graph-001.pngまた、

  

とすると、

  

したがって、F(x)x=2/3のときに最大で

  

さらに、

  

とおくと、

  

だから、G(x)x=1/√3のときに最大で

  

よって、

  

となり、

  

成立する。

 

(2) fgh[a,b]で連続だから、|f(x)–h(x)|、|h(x)–g(x)|は[a,b]で連続。

したがって、

  

[a,b]で連続で、[a,b]で最大値をもつ。

これがx=cc∈[a,b])のときに最大になるとすると、

  

同様に、|f(x)–h(x)|、|h(x)–g(x)|は[a,b]で最大値を持ち、

  

が成立するので、

  

である。

(解答終)

 

ということで、

  

が成立する。



さらに、



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この問題を解くニャ!!(8月5日) [数学基礎]

考えてみると、

fghを閉区間[a,b]で連続な関数とすると、

  

だから、

  

というのは、それ程、自明なことじゃないんだよな。

  

は、ほとんど自明だけれど、

  

は、それほど、自明なことじゃないんだよな。

 

ということで、

 

問題

(1) 閉区間[0,1]で定義される関数fg,hが、f(x)=x²g(x)=xh(x)=x³であるとき、

  

が成立することを確かめよ。


ku-siki-001.png

(2) ④が成立することを証明せよ。

 

 

ちなみに、

記号、

  

は、閉区間[a,b]における関数f(x)の最大値を表す。


1日、1回、「ぬえせい戦争」ということで、



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関数空間と距離の初歩の初歩 [数学基礎]

関数空間と距離の初歩の初歩

 

Cを有界閉区間[a,b]で連続な関数のすべてを集めた集合とし、記号C[a,b]で表すことにする。

fg[a,b]で連続な関数とすると、

  

だにゃ。

そうすると、[a,b]

  

は連続だから、|f(x)−g(x)|は[a,b]で最大値を必ずもつ。

そこで、

  

と、d(f,g)を定義する。

(1)式のは、[a,b]での関数の最大値のこと。

 

さてさて、(1)のように定義すると、

  

また

  

であることは明らかだろう。

さらに、

  

も明らかだろう。

h∈C[a,b]とするとき、三角不等式から

  

したがって、

  

 

つまり、(1)のように定義すると、次の距離の公理をすべて満たす。

 

 


(1)式で、有界閉区間[a,b]で連続な関数の距離を定義できるというわけ。

 

また、距離の公理の条件(ⅰ)〜(ⅲ)を満たすものならば、どれを距離に選択してもよい。

 

オレは(1)式の距離の定義は嫌いだ。だから、f,g∈C[a,b]の距離を

  

と定義したい。

 

いいにゃ、いいにゃ、素晴らしいにゃ。

 ――ただし、(2)を使いたいならば、(ⅰ)〜(ⅲ)を満たしていることを証明してから使うこと!!――

 

我々が通常、距離と呼ぶものは、ユークリッド距離と呼ばれるもので、数ある距離の一つにしか過ぎない。

 

ddt³さんが、関数空間、距離(関数)という言葉を記事中に使っていたようなので、補足説明としてこの記事を書いたケロよ。


kankan-graph-01.png問 [0,1]で定義された関数f(x)=x²g(x)=xがあるとする。(1)式で定義された距離d(f,g)を求めよ。

【解】

[0,1]ではx²≦xだから、

  

したがって、x=1/2のとき、最大値は1/4

よって、fgの距離d(f,g)

  

(解答終)

 

この距離は通常の距離ではないので、 定義に従って考える、答える。

 




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